共同受信ミッション
ARTSATプロジェクトの第二の宇宙機「ARTSAT2:DESPATCH」のメインミッションである「共同受信ミッション」においては、 世界各地のアマチュア無線家に受信協力をいただき、DESPATCHが深宇宙から送信したデータの復元に挑戦します。 本ページでは、この共同受信ミッションの内容とそれに参加する方法を記載します。 深宇宙からの電波受信というこの稀有なイベントに、ぜひご参加下さい。
なお、DESPATCHの通信系などサブシステムの仕様および投入軌道については、メインページに詳細を掲載します。
概要
「ARTSAT2:DESPATCH」は、ARTSATプロジェクトの手がける第二の宇宙機である。 大きさ約50cm立方、重量約32kgのこの宇宙機は、2014年11月30日(日本時間)に打ち上げ予定のJAXA H-ⅡAロケットにより地球脱出軌道に投入され、投入から24時間足らずで月面距離(38万km)に到達し、およそ1週間で250万kmの彼方に到達する。
DESPATCHはこの1週間、430MHz帯の電波により、宇宙機の健康状態を示すハウスキーピングデータ、および搭載センサーのデータから軌道上で制作された「宇宙生成詩」を送信する。 しかし、DESPATCHは回転した状態で地球脱出軌道に投入されるため、地上で受信できるのは、宇宙機の回転によりフェージングの生じた極めて弱い信号だけであると考えられる。
そこで、ARTSATプロジェクトチームでは、DESPATCHのメインミッションである「共同受信ミッション」において、世界各地のアマチュア無線家のみなさまにこの非常に弱い電波の受信協力をお願いしたい。 この共同受信ミッションでは、単独の大型アンテナを使用するのではなく、多数のアマチュア無線家が受信したデータの数々をインターネットを使って一ヶ所に集めて再結合することで、極めて遠方からのデータを復元する「協調ダイバーシティ通信」の実験を行う。 このような実験によって、アマチュア無線家が有する比較的小型のアンテナでも、それらを複数集めることで巨大なパラボラアンテナに匹敵するような微弱電波の受信が可能になるのかどうかを検証する。
共同受信ミッションの実施期間
DESPATCHは2014年11月30日 13時24分48秒(日本標準時)にJAXA H-ⅡAロケット26号機により打ち上げられ、この打ち上げからおよそ2時間後に軌道投入がなされる予定である。
DESPATCHが電波を送信するのは、この軌道投入直後から一週間のみである。 この一週間というミッション期間を、下の表のようにDESPATCHと地球との距離応じて3つのフェーズに分割し、「ハウスキーピングデータ」「宇宙生成詩」「宇宙機の温度に応じた断続信号」という3種類のデータを地上で受信する。 共同受信実験の対象はフェーズ2の「宇宙生成詩」であるが、フェーズ1またはフェーズ3における受信協力・受信報告も歓迎する。
フェーズ | 地球からの距離 | 地上で受信されるデータ |
---|---|---|
フェーズ1 | ~17万km | モールス信号によるハウスキーピングデータ |
フェーズ2 | 17万~160万km | 独自符号による宇宙生成詩 |
フェーズ3 | 160万km~ | 断続信号による宇宙機の温度情報 |
下の図には、この3つのフェーズの期間を色で、世界の各地域における可視時間を黒い横棒で示している。
共同受信ミッションの実施期間であるフェーズ2は、日本における1回目の可視時間の後半から5回目の可視時間の最初までの約99時間である。
受信データ
DESPATCHには送信出力7W、送信周波数430MHz帯の通信機が搭載されており、地上で受信されるデータはすべてこの通信機によって送信されたものである。 この通信機のアンテナにはモノポールアンテナを用いている。
前述の通り、DESPATCHのミッション期間は地球との距離に応じて3つのフェーズに分割され、各フェーズで異なるデータが送信される。 以降では、この3種類のデータを地上で受信する目的とそのフォーマットについて説明する。
フェーズ1: ハウスキーピングデータ(モールス信号)
フェーズ1では、モールス信号によるハウスキーピングデータを地上で受信し、打ち上げ直後の宇宙機の健全性の確認を行う。 なお、このモールス信号の信号速度は6WPMである。
ハウスキーピングデータの送信はAS0, AS1, AS2, AS3という4つのセンテンスの繰り返しであり、各センテンスの間には10秒間のインターバル(電波を送信しない期間)が設けられている。 ハウスキーピングデータのフォーマットを以下のファイルに記載する。
- ハウスキーピングデータのフォーマット(.xls)
フェーズ2: 宇宙生成詩(独自符号)
フェーズ2では、宇宙生成詩の共同受信ミッションを行う。 この宇宙生成詩の受信は、宇宙機が地球から遠ざかるにつれて電波が弱くなり、信号がとぎれとぎれにしか聞こえない状況を想定している。 1つの地上局だけでは、このようなとぎれとぎれの信号を正しく受信することは困難であるため、 世界各地のアマチュア無線家が受信したデータ(ビット列)をARTSATプロジェクトの「ミッション運用センター」に報告していただく。 ミッション運用センターでは、世界中のアマチュア無線局から送られてきたデータの時刻同期をとり、1つの詩として復元する。 詩の復元方法としては下の図のように、各ビットごとデータが重複する部分については多数決によるエラー処理を行い、それ以外の部分ではORの処理を施すといったシンプルな手法を考えている。
宇宙生成詩の送信は、下の図に示すようなCP0 ~ CP7という8つのユニットの繰り返しであり、各ユニットはヘッダー5ビット、フッター5ビット、その間に挟まれた40ビットで構成され、
これらはBaudotコードによって符号化されている。
Baudotコードは5ビットで1文字を表現するため、各ユニットはBaudotコードで、ヘッダー1文字、フッター1文字、その間に挟まれた8文字の合計10文字で構成されている。
ただし、CP1のヘッダーとフッターに挟まれた40ビット(下図の青い部分)については主要なセンサーの生データが格納されており、この部分はBaudotコードには従わない。
搭載センサーのデータから生成された宇宙生成詩にあたるのは、CP2, CP3, CP4, CP5(下図の赤い部分)である。
CP2, CP3では、宇宙機の温度を4文字の「カラーコード」に変換する。 このカラーコードは色を4文字で象徴したものであり、例えば「白」には "whit" が割り当てられる。 ちょうどサーモグラフィのように、宇宙機の温度が高いほど明るい色のカラーコードが受信される。 カラーコードから温度への変換は、以下の .xlsファイルを参照のこと。
また、CP4, CP5では、宇宙機の角速度および消費電流を4文字の「リズムフレーズ」に変換する。 リズムフレーズは、詩人フーゴ・バルの「Gadji beri bimba」のフレーズをカットアップしたものであり、 「I Zimbra」という曲の歌詞にも使用されている。 つまり、このリズムフレーズによって、宇宙機の回転や電流が奏でる一種の音響詩が受信される。 カラーコードから角速度または(消費電流)への変換は、以下の .xlsファイルを参照のこと。
なお、宇宙生成詩の信号速度は1bpsであり、符号化方式はマンチェスター符号に従う。
前述の通り1ユニットは50ビットであるから、1ユニット送信するのに必要な時間は50秒間である。
ユニットとユニットの間には10秒間のインターバルを設けているため、CP0~CP7全体を通して送信を行うのにかかる時間は、(8×(10+50)秒 =)8分間である。
フェーズ3: アナログ温度情報(断続信号)
フェーズ3では、宇宙機の温度に応じて送信間隔が変化するような断続信号を地上で受信する。 宇宙機が遠く離れた後もこの信号の変化さえ捉えることができれば、その温度のおおよその値を知ることができる。 この断続信号は、下図に示すように周期が3秒間で一定で、バッテリーの温度(T = 0x00~0xFF)に応じてデューティ比が変化するような信号である。
受信の報告
受信の報告は、以下のページから受け付けている。
前述の通り、DESPATCHのミッション期間は3つのフェーズに分割されている。 以降では、フェーズごとの受信報告方法を説明する。
フェーズ1: ハウスキーピングデータ
デコードされたモールス信号を以下のファイルに記入し、受信報告ページからアップロードする。
- ハウスキーピングデータの報告様式(.xls)(準備中)
フェーズ2: 宇宙生成詩
共同受信ミッションにおいては、世界の各地域から寄せられた詩の一部分を、時刻同期をとることによって一つの詩として復元する。 このような復元を行うために、受信報告の際には、受信したデータ(CWあり:1/CWなし:0のビット列)を報告するだけではなく、各ビットが受信された「時刻」の報告をしていただきたい。
例えば、CWのあり/なしが、 2014/11/30 20:00:00 (JST) から1秒ごとに {あり, なし, なし, あり, なし, なし, あり} , 同日21:00:00 (JST) から1秒ごとに {なし、なし、なし、あり、あり、なし、なし、あり} , … というように観測された場合は、以下のような内容のテキストファイルを受信報告ページからアップロードする。
2014/11/30 20:00:00 (JST) 1, 0, 0, 1, 0, 0, 1 2014/11/30 21:00:00 (JST) 0, 0, 0, 1, 1, 0, 0, 1 ...
このフォーマットは一例であり、細かな様式は報告者に任せるが、以下の点に注意していただきたい。
- 報告する各ビットの受信時刻がわかるように記入する
- 信号速度は1bpsであることを考慮すると、受信時刻の精度は0.5秒以上であることが望ましい
- 報告の際、受信時刻のタイムゾーンを明示する
フェーズ3: アナログ温度情報
受信された信号のデューティー比、信号の強度などを受信報告ページのフォームから報告する。
受信周波数の報告
DESPATCHのサブミッションとして、受信周波数を利用した軌道決定を行う。 電波の受信周波数に生じるドップラー効果は宇宙機の位置と速度(すなわち軌道)によって変化するため、逆にドップラー効果の程度から、宇宙機の軌道をより正確なものに更新することが可能である。 なお軌道決定の手法としては、宇宙機の位置と速度の6自由度を状態量とした カルマンフィルタ を構成し、受信周波数を観測量として宇宙機の位置と速度を更新する。
このミッションのため、受信報告の際には受信周波数およびそのときの時刻を一緒に報告していただきたい。 受信報告のページに専用のフォームが用意されているので、報告の際にはそこに記入をすればよいが、以下の点に注意していただきたい。
- 受信周波数は100Hzの桁まで記入する
- 受信時刻の精度は1分以上であることが望ましい
- 受信時刻のタイムゾーン(フォームから選択)を正しく設定する
- 一度の受信報告で複数の周波数を記入することができるが、周波数計測は1時間以上空けて行うことが望ましい
なお、この軌道の更新結果は後述するトラッキングページに反映し、より正確な宇宙機のトラッキングに役立てたいと考えている。 シミュレーションによると、この軌道決定によって受信周波数の予測精度が大幅に改善することがわかっている(下図を参照)。 報告される受信周波数の数が多いほど、軌道決定の精度は高くなる傾向にある。
以上のような理由から、受信報告の際には、受信データだけではなく受信周波数の報告もあわせてお願いしたいと考えている。
(図を準備中)
DESPATCHの電波を受信するには
必要な設備
まず、DESPATCHは430MHz帯のCWを送信するため、その電波を受信するためには430MHz帯CWモード対応の受信機が必要である。
次に、長期に渡って電波を受信するには、以下に示すようなアジマスおよびエレベーション方向に回転が可能なアンテナが必要である。 DESPATCHは地球から急激に遠ざかるため、ミッションの終盤まで電波を受信するためには、ゲインの大きい受信アンテナを使用することが望ましい。 下図は、分離からの経過時間に対して、その時点で受信マージンがゼロとなるような受信ゲイン(必要ゲイン)をプロットしたものである。 この図から、自局のアンテナで電波を受信できる期間をおおよそ知ることができよう。
なお、DESPATCHの通信系の仕様および回線計算は、以下のページに記載されている。
最後に、フェーズ2の共同受信ミッションに参加するには、受信したデータを処理するPCとその時刻調整が必要である。 前述したように、共同受信ミッションにおいては、世界各地で受信されたデータをそれと一緒に報告された受信時刻を用いて統合し、一つの詩として復元する。 信号速度が1bpsであることを考慮すると、この統合処理を正確に行うためには受信時刻の精度が0.5秒以上に保たれていることがのぞましい。 このような理由から、NTP(Network Time Protocol)ツールを設定するなどして、受信に使用するPCのシステム時間をあらかじめ正しく調整しておいてほしい。
アンテナのポインティング
DESPATCHは地球脱出軌道に投入されるため、地球周回軌道を表現するTLE(二行軌道要素)はトラッキングに使用できない。 そこで、以下のページからDESPATCHの軌道情報を配信する。
このページのフォームに観測地点の緯度と経度(必要であれば海抜)を入力すると、観測地点から宇宙機がみえる時間帯(可視時間)がいくつかリストアップされる。 また、その中で最も近い可視時間に関しては、宇宙機の方角および受信周波数などの情報が1分刻みでテーブルに出力される。
DESPATCHの見かけの速度は非常に遅いので、このテーブルをもとにアンテナを操作すれば十分な精度でトラッキングが行えると考えられる (受信設備にもよるが、アンテナ操作の時間間隔は10分もあれば十分であろう)。
もしくは、ARTSAT APIを利用することで、自作のソフトウェアから上のページと同様の情報を取得することもできる。
受信機の調整
ドップラー効果によるDESPATCHの周波数の変化は、低軌道の衛星と比較して非常に緩やかである(この周波数の変化の大部分は地球の自転によるものである)。 前述のトラッキングページを利用することによって、ドップラー効果を加味した受信周波数を調べることができる。 トラッキング中には適宜、このページを参考にして受信機のチューニングを行っていただきたい。
なお、ドップラー効果の程度は観測地の緯度によって異なる。 例えば、ARTSAプロジェクトの地上局(東京都、北緯35度)付近では、〜の範囲で周波数が変化する。 参考として、この地上局におけるドップラー周波数の推移を下の図に示す。
(図を準備中)